Steelpan Orchestra PAN NOTE MAGIC Steelpan Orchestra PAN NOTE MAGIC Carnival衣装Ver. スティールパンコンサート ホール公演

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History of Steelpan / スティールパンの歴史

スティールパンは、20世紀前半に誕生した比較的新しい楽器です。しかし、その背景にはトリニダード・トバゴの文化や人々の創意工夫が深く関わっています。
ここでは、スティールパンがどのような時代背景の中で生まれ、現在の姿へと発展してきたのかを、

の3つのトピックスに分け、時代の流れに沿ってご紹介します。


The colonial era / 植民地の時代

スペイン統治時代とイギリス統治時代

スティールパンが生まれた舞台は、カリブ海に浮かぶ島国「トリニダード&トバゴ」です。
この国には南米大陸から渡米したアラワク族とカリブ族が先住民として生活していました。
1498年にコロンブスによりトリニダード島が発見され、スペイン領となります。コロンブスは、三位一体(トリニティ)の丘を見て、トリニダードと名付けました。
1596年にはイギリス人によりトバゴ島が発見され、トバゴ島の由来は、先住民が吸っていたタバコに由来するといわれています。
1797年 イギリスの植民地になりました。

祖国の太鼓 アフリカンドラム

African Drumのイメージ画像

※歴史資料をもとに再現したイメージ

植民地になっていた時代、この地を開拓するにあたり、多くのアフリカ人が奴隷としてこの地に強制的に連れてこられた歴史があります。
祖国に帰れないアフリカ人たちは、祖国の太鼓を叩くことで悲しみに耐えて、過酷な日々を過ごしていました。
しかし、「太鼓の演奏が人々を鼓舞して反乱につながる」という理由から、太鼓の演奏は禁止されてします。

竹を楽器に!タンブーバンブー

Tamboo Bumboo イメージ画像

※歴史資料をもとに再現したイメージ

太鼓の演奏が禁止され、それでも演奏したい人々は、身近にある様々な素材を打楽器として活用するようになります。
この工夫と創造性が、後のスティールパン誕生につながる大切な土台となります。

そんななか、道に生えている竹を切って長さを整えた竹を叩いてリズムを刻む「Tamboo Bumboo(タンブーバンブー)」と
呼ばれる演奏文化が誕生します。この竹は大中小と様々な長さのものがあり、大きい長さの竹は低音担当、中くらいの長さの竹は中音担当、そして短い竹は高音担当と、パートごとに音程差を付けて演奏を奏でていました。これも、後に誕生するスティールパンの音階の基礎になっていると考えられます。しかし、「竹は道路を傷づける」「竹は武器になる」という理由から、わずか1年後の1937年に
この「Tamboo Bumboo(タンブーバンブー)」も禁止されます。


The Birth of Steelpan / スティールパンの誕生

ドラム缶が楽器になった理由

ちょうどそのような頃トリニダードでは石油が採れるようになり、1940年前半、石油産業で使われていたスチールドラム(ドラム缶)が街に溢れるようになりました。
Tamboo Bumboo(タンブーバンブー)を禁止された彼らが、このスチールドラムを放っておくわけがなく、打楽器として叩いて演奏するようになります。

 

音階が作られるようになるまで

スティールパン制作の様子

スティールパン制作の様子

リズム楽器としてドラム缶が叩かれ凹み壊れていく中で、「ウィンストン・スプリー・サイモン」という1人の青年が、
凹み具合によって音程が生まれることを偶然発見します。
表面を叩いて形を整え、音階を作り出す技術が少しずつ発展し、
これまでのように単なるリズム楽器ではなく、メロディーを演奏できる楽器へと進化していきます。
これがスティールパンの始まりと言われています。

さらに、音の配置や製作技術は改良が重ねられ、現在のスティールパンへと発展しました。
 

ドラム缶がどのようにして楽器になっているかの詳細は楽器の構造をご覧ください。

The Evolution of Steelpan / スティールパンの進化

カーニバルとともに発展

カーニバルの様子

カーニバルの様子

スティールパンの成長に欠かせない存在が、毎年開催されるカーニバルです。演奏グループ同士が技術や音楽性を競い合う中で、より豊かな
音色や演奏表現が求められ、楽器の改良も急速に進みました。
スティールオーケストラ(スティールバンド)も文化として定着し、
カーニバルを代表する存在となっていきます。

その後、このカーニバルは世界三大カーニバルの一つとして数えられるほど盛大になり、スティールパンのコンテスト「パノラマ」は、
カーニバルの目玉として、世界中から人が集まるほどに成長していき、ますます、スティールパンは進化を遂げていきます。

 
PAN NOTE MAGICは2013年にこのカーニバルに参加し、メンバーそれぞれが現地バンドの一員として「パノラマ」に参加しました。

世界へ広がるスティールパン

世界的ベーシストの「ジャコ・パストリアス」との共演でも知られる「オテロ・モリノー」や、
「スパイロ・ジャイラ」や「カリビアン・ジャズ・プロジェクト」といったグループでの活動でも
知られる「アンディー・ナレル」といったスティールパン奏者が、ジャズやポップスのシーンで
スティールパンを使用したことで、スティールパンは急速に普及します。

独特で魅力的な音色を持つスティールパンは世界中に広まり、現在ではヨーロッパ・北米・アジアなど多くの国々で演奏されるようになります。
 
更に1992年には、トリニダード&トバゴ政府がスティールパンを国民楽器として認定しており、
国をあげて一層普及に努めています。

 
日本でも演奏団体や教育現場が少しずつ増えており、コンサートやイベント等でスティールパンの音色を耳にする機会が広がっています。

今も進化を続ける楽器

スティールパンは誕生から100年にも満たない楽器ですが、製作技術や音の精度は現在も進化を続けています。
伝統を大切にしながらも、新しい音楽ジャンルとの融合や演奏スタイルの広がりによって、可能性はさらに大きくなっています。
長い歴史を持つ楽器とは異なり、「今も発展し続けている」という点こそが、スティールパンの大きな魅力の一つと言えるでしょう。


Experience the Sound / スティールパンの魅力を生演奏で

スティールパンは、写真や文章だけでは伝わらない魅力を持つ楽器です。PAN NOTE MAGICでは、芸術鑑賞会や企業パーティー、ホールコンサートなど、全国でスティールパンの演奏を行っています。
イベントでスティールパンの生演奏をご検討の方は、演奏内容や実績、対応イベントをご紹介している演奏依頼ページをご覧ください。
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